【ケアマネの自転車奔走記】連載・第721回。
春分も終わった日曜日、皆様いかがお過ごし
でしょうか?春分が金曜日だったとこもあり、
3連休を満喫した方も多かったのではないで
しょうか?とは言っても3月もいよいよ後半
戦、月末でもあり、年度末でもあります。い
つも以上にお忙しくされている皆様、体調管
理はしっかりお願いいたします。
では【自転車奔走記】はじまり!
ーーーーーーーーーーーーーーーー
たきび版:介語苑・77-8。
【語句】
老い
【意味】
①年老いること。年老いた人
②身体的に老化することはもちろんのこと、
職場や家庭などでの社会的変化・退行を
伴うとされる現象。
ーーーーーーーーーーーーー
『老いは、いつ価値が変わったのか?社会的
有用性と人間の尊厳』いよいよ連載も終盤に
入ってきました。今までの論考を整理しなが
ら、もっと深く老いの問題について考えてい
きたいと思います。
第5回【なぜ社会は老いを「問題」にしたの
か?制度がつくった老後という時間】
前回までの論考を通じて、老いの不安が、単
なる身体的な衰えへの恐怖ではなく、近代社
会における個人のアイデンティティの構造と
深く結びついているのではないか?という考
えに至りました。「為す」ことによって自己
を確認する社会において、「為す」機会が減
少する老後は、自己の揺らぎーつまりアイデ
ンティの揺らぎをもたらす時間であり、アイ
デンティを再定義する時間になるという構図
です。と、ここで一気に論考を進めたい気持
ちを抑えて、もう一度視線を社会の側に戻し、
「なぜ近代社会は、老いをこれほどまでに
「問題」として意識するようになったのだろ
うか?」を振り返りながら考えてみます。
まず確認しておくべき点が2つ。
〇私たちの歴史において、老いそのものが突
然現れたわけではない。
〇それでも「老後」という特別な時間が社会
的に強く意識されるようになったのは、比較
的最近のことである。
という事実です。では、近代社会において老
いはどのような扱いを受けてきたのか?端的
に言うと、近代社会は、人生を制度的に区分
することで運営される社会だと考えます。教
育を受ける時期、働く時期、そして引退する
時期、私たちの人生は段階ごとに整理され、
そしてそれぞれに対応した制度によって支え
られていますよね。そして、この枠組みの中
で、「老後」という時間も、明確な社会的カ
テゴリーとして成立していきました。特に20
世紀以降の高度福祉社会の到来による年金制
度や退職制度の整備によって、老後は制度的
に保証される生活段階となっています。
日本でも高度経済成長期には、企業雇用と社
会保障が結びついた「日本型福祉社会」が形
成され、老後は「一定の安心」の中に包み込
まれる時間として理解され、浸透してゆきま
した。「一定の安心」とは、老後は働くこと
から解放される時間であり、同時に生活が制
度によって支えられる時間でもある、という
ことです。ですが、この制度的安定は別の構
造も生み出しました。それは、老いを「社会
的役割の外側」に置く構造だったんです。働
くことを中心に組織された社会では、仕事や
役割を離れた人間は、どうしても社会の周縁
に位置づけられるからです。結果として、制
度は生活を支えながらも、同時に「役割の終
わり」を明確にしてしまうことになりました。
老後を制度として保障することは、私たちの
生活を守るための仕組みなんですが。同時に
「社会の中心的役割からの退出」を意味する
ことにもなり、結果として、老いは生活の問
題であると同時に、社会的役割の問題として
理解されるようになります。そして人口の高
齢化によって、老いは個人の人生段階や社会
制度の一つであるだけでなく、社会全体の問
題として語られるようになり、この構造はも
う一段複雑になりました。
老後に関連する諸問題、年金、医療、介護、
さらには財政負担、労働人口の減少、社会保
障制度の持続可能性等々、ほぼ毎日のように
新聞やTVで取り上げられています。そして
こうした議論の中で、老いは次第に「負担」
という言葉と結びつけられるようになってい
きました。もちろん、負担というのはそれは
現実の政策課題としての意味なんですが、こ
の二文字は人々の意識にも影響を与えていっ
たことは否定できないと思います。「老いる
ことは、社会にとっての問題なのではないか
?」とか、「自分は将来、社会にとって負担
になる存在なのではないか?」とか。こうし
て老後の不安は、単なる生活不安ではなく、
社会的意味を帯びた不安へと変わっていった
と考えられます。
少し整理してみます。
近代社会は、制度によって老後を保障した。
↓
しかし同時に、その制度は老いを「役割の外
側」に位置づけた。
↓
社会保障をめぐる制度的議論は、老いを社会
問題として語る文脈を生み出した。
↓
私たちは老いを「避けられない自然現象」と
してではなく、「社会的に意味づけられた出
来事」として経験するようになった。
という構図が見えてきます。ここで、改めて
問い直してみます。私たちが感じる老いの不
安の正体とは、老いそのものなのか?それと
も社会の構造によって作られた「老いの意味」
を生きているからなのか?
私たちが老後の不安の正体を理解するために
は、個人の心理だけではなく、社会がどのよ
うに老いを位置づけてきたのかを見直す必要
があると考えています。そしてこの問いは、
次の問題へと繋がります。もし老いが社会の
構造の中で意味づけられているのだとすれば、
私たちはその意味を変えることができるのだ
ろうか?老いの意味の変換、次回からはその
ことについて考えていきたいと思います。
では、今週はここまで。
次回もお楽しみに。
お相手は広森でした!
See You Next Week☆

