【ケアマネの自転車奔走記】連載・第711回。
1月も後半戦にはいりました。皆様いかがお
過ごしでしょうか?寒い日が続いていますね。
冬らしいと言えばそうなんですが、いままで
の暖冬ですっかり骨抜きされた我が身にとっ
て、この寒さは少々堪えます。これから冬も
本番です。皆様、暖かくしてお過ごし下さい。
では【自転車奔走記】はじまります!
ーーーーーーーーーーーーーーーー
たきび版:介語苑・76-10。
【語句】
マネープラン
【意味】
結婚、出産、住宅購入、老後資金など、人生
のイベントで必要となるお金について、いつ、
いくら必要になるかを具体的に計画し、資産
形成方法まで含めて考えるお金に関する計画。
【短期連載企画】
日本社会がたどってきた
〈老い〉と〈お金〉の文化史
(第4回)選べる老いが生んだ格差時代。
〇第4章 総括そして最終回。
本連載を通じて考えてきた「老い」「お金」
の問題は、単なる高齢期の家計管理や制度設
計の話から離れて、私たち日本社会がどのよ
うな老後像を描き、どのような前提のもとで
個人にその責任を委ねてきたのか、という社
会構造そのものを問い直す過程になりました。
現在の私たちは、「老後は自分で備えるもの」
「老い方は選べるもの」という感覚をごく自
然に受け入れていますし、社会もそれを当然
として動いているように見えます。しかし、
その自然さこそが、この社会の現在地を示し
ています。つまり老後は制度に包まれるもの
でも、家族に委ねられるものでもなく、自己
決定と自己責任のもとに設計される人生の一
局面として位置づけられているという事です。
旧来の「家」や「地域」そして「制度」にあ
る意味守られていた老後に比べると、これは
確かに自由であり、解放でもあったんですが、
同時に静かに、確実に分断を生んでしまった
んですね。経済的には、選択肢の多寡がその
まま老後の質の差となり、「備えられた老い」
と「備えられなかった老い」が並走する社会
が成立しました。社会的には、家族・地域・
職場という接続装置が機能転換(社会的共同
体から利益共同体へと)する中で、つながり
を維持できた人と、そうでなかった人との間
に見えにくい断層も生まれました。
つまり、様々な場面や場所で分断が立ち上が
ってくる社会です。そしてこうした状況はし
ばしば「老後社会の失敗」と語られることが
あります。曰く制度設計が甘かった、想定が
足りなかった、あるいは個人に責任を押しつ
けすぎた、等々。確かにそのような批判は決
して的外れではないとは思います。ですが本
連載で明確になってきたのは、これらが「失
敗」であるのであれば、この「失敗」は誰か
の悪意や怠慢によって生まれたものではない
という点です。
むしろそれは「現象」として立ち現れたもの
でした。高度成長・安定雇用・家族扶養を前
提とした社会から、流動化・個人化・選択重
視の社会へと移行する過程で、必然的に生じ
たものです。ただ、負の側面が目立つ成果で
あったというだけです。そして、老いを家族
から切り離し、制度からも半ば切り離し、個
人の選択に委ねた結果として、私たちは初め
て「老後の不安」を社会問題として意識する
ようになったんですね。言い換えれば、老後
不安とは「想定外の事故」ではなく、私たち
が選び続けてきた社会のかたちが、ある地点
で可視化された現象にほかならないという事
なのです。
では、今の老後社会が様々な問題を抱えるな
かで、もし今が悪いのであるとすれば、私た
ちは何を見落としてきたのでしょうか?つら
つら考えると、「老い」を個人の問題として
扱いすぎたことかもしれないと思います。自
立や自律という言葉の裏側で、老いが社会と
の関係性の中でどのように位置づけられるべ
きか、十分に問い直してこなかったこともあ
るかもしれません。他にも様々考えられます
が、一番の要因は、老いることは避けられな
い生の過程であるにもかかわらず、その意味
や価値、社会的な役割については、長く語ら
れないままにされてきたことだと思います。
老後社会の現状について、『制度の失敗』や
『社会の問題』などと断罪することは簡単で
すが、私としては一度立ち位置を確認する事、
そして我々が見ないふりをしてきた「問い」
に向き合い、考え、答を出していくことが大
切だと思いす。その問いとは「老いとは何か
?」「老いることは、社会にとってどのよう
な意味を持つのか?」「老いは負担なのか、
それとも別の価値を持ちうるのか?」だと考
えています。「老いること」の再定義と言っ
てよいかもしれませんね。ですが、これから
の老後社会をより良くしていくためには、避
けて通れないものだと思います。
これからの老後社会を思う時に、老いとお金
の関係を考えるというテーマからすると『選
べる老後社会の行きつく先が、より巧妙な自
己責任論か、それとも老いを社会の中で再定
義する試みか?』といった問いが浮かんでき
ます。どちらになるのかは全く分かりません
が、いずれにせよ先ほど挙げた問いは必ず立
ち上がってくると思っています。つまり、私
たちはこの先の老後社会の分岐点にすでに立
っているのではないか?ということですね。
小難しいお話や屁理屈っぽく、やや怪しい論
旨満載でしたが(笑)、久しぶりに楽しくブ
ログの連載ができました。皆様も楽しんで頂
けたのであれば幸いです。さて、次回からの
連載企画は…準備万端です。今回のテーマか
ら派生したものになりますが、「老いる」と
いうことを皆様と一緒に考えていくような内
容にしたいと考えています。
では、お楽しみに。
お相手は広森でした!
See you next week☆

