【自転車奔走記】第716回。

【ケアマネの自転車奔走記】連載・第716回。

2月も中盤。皆様いかがお過ごしでしょう?
大雪に総選挙と、色々あった先週でした。先
週の大雪で、久しぶりに雪道通勤をしました
が、途中、足腰が弱くなったのか踏ん張りが
きかず、何度か転びそうになり冷や汗をかき
ました。もう少し暖かくなったら運動をしよ
う!と決心はしましたが、「どうせ延々と先
延ばしするのだろうな…」と冷めたココロの
声が聞こえてきます。そして、その声に頷い
ている私。いつもの安い決心みたいですね。

さて、まだまだ寒さは続きます。インフルエ
ンザが再流行しているようです。通常の風邪
も流行っています。感染症予防、体調管理は
しっかりお願いしますね。ヒートショック、
外出先での不慮の転倒など、事故にも引き続
き十分ご注意下さい。
では【自転車奔走記】はじまります!
ーーーーーーーーーーーーーーー
たきび版:介語苑・77ー3。

【語句】 
老い

【意味】
①年老いること。年老いた人。
②身体的に老化することはもちろんのこと、
職場や家庭などでの社会的変化・退行を
伴うとされる現象。
ーーーーーーーーーーーー
【老いは、いつ価値が変わったのか?
社会的有用性と人間の尊厳ー】の本章の第2
回になります。

第2回【老いが尊ばれていた時代とその変遷
価値としての老いの歴史】
老いが不安や負担として語られるようになる
以前、老いは社会の中で別の意味を持ってい
ました。少なくとも、老いることそれ自体が
否定的に捉えられることはなかったんですね。
近代社会以前において、老いは身体や社会的
機能の「衰え」である以前に知や経験の「蓄
積」として理解されていました。長く生きる
ことは、それ自体が知識や経験の集積を意味
しますので、長く生きた人は知恵や判断力、
物事の道理を知る者としての信頼と結びつく
ことになります。

結果、老いはいわば社会の時間を身体に刻み
込んだ存在として、一定の敬意を受ける肯定
的根拠となっていた訳なんですね。ここで注
意したいのが、老いそのものに価値は生じな
かったという点です。ここで言う老いの価値
は、個人の内面から自然に湧き出る人格的な
ものではなく、共同体という枠組みの中で、
「老いていること」が社会的役割や位置と結
びつくことで承認される価値です。つまり老
いは尊ばれていましたが、それはあくまで社
会的に意味づけられた尊さであったと言えま
す。ですが、老いが尊重されていた社会にお
いても、人としての価値そのものが老いによ
って生まれたり消えたりしていたわけではな
い、という点にも注目する必要があります。

そもそも人の尊厳は、生きていることそのも
のに根ざしており、老いによって増減するも
のではないからです。ただ、その尊厳が社会
の中でどのように可視化され、どのような形
で承認されるかは、社会の構造によって大き
く左右されてきたのも事実です。個としての
尊厳と、社会の中での個の親和や対立の構図
ですね。そして近世から近代への移行は、こ
の関係に大きな変化をもたらしました。社会
の編成原理が、血縁や共同体から、職業や能
力、成果といった機能的基準へと移行してい
き、それに沿うように老いの意味も変質して
いきます。

結果、近代社会では、老いはもはや時間の蓄
積より、機能の低下としての位置づけが強く
なりました。この価値転換は、老いの「価値
喪失」ではなく、価値基準の置き換えだと理
解すべきです。「置き換え」とは、社会が人
を評価する軸を、経験や年齢から、生産性や
効率へと移したと考えます。そして、老いは
その新しい基準に適合しにくいものとなりま
した。つまり、老いは尊ばれなくなったので
はなく、尊ばれる理由を失ったように見える
存在へと変わった(価値転換)という事なん

ですね。老いが価値を失っていく社会、この
転換は、老いる人間の本質が変わったからで
は決してありません。変わったのは、社会が
人を見る「ものさし」だけなんです。不変の
「尊厳」と可変の「ものさし」、本来は別個
に語られるべき事象であるにもかかわらず、
相互に作用してしまう構造が故に、「ものさ
し」の変化は、しばしば老いそのものの問題
として語られ、そうして私たちは老いること
に対して、説明のつかない不安や後ろめたさ
を抱くようになったのではないか?と感じて
います。

少し哲学的に考えてみます。
人は本来、即自的(あるがまま)な存在とし
て、ただ生きているだけで価値を持っていま
す。しかし人は、即自であると同時に、社会
の中で他者から認識され、役割を与えられる
ことで、自我を形成する対他的な存在(対自
的)であると、ある学者が言いました。そし
て、この二つの次元は常に緊張関係にあり、
どちらかが一方に回収されることはないとも
言います。このことを敷衍すると、老いが尊
ばれていた時代においても、この二つの緊張
が消えていたわけではないことが推測できま
す。ただ、その時代の社会では、老いが対他
的価値と結びつく回路が用意されていて、老
いは即自存在としての尊厳を保ったまま、社
会的承認を受け取ることができた時代であり、
社会だったというだけなんですね。

そして近代以降、その尊厳と社会的価値を繋
ぐ回路は次第に細り、やがて断続的なものと
なっていきました。結果として老いは尊厳を
保ったまま、存在が社会的価値として翻訳さ
れにくくなりました。そして、尊厳と社会的
価値のズレこそが、現代における老いへの不
安の深層にあるものだと私は考えています。
老いは、かつて尊ばれていました。それは老
いそのものに価値があるのではなく、社会が
老いを価値として読み取る構造を持っていた
からなんです。であれば、一つの疑問が浮か
びます。老いの価値は失われたのではなく、
社会の側で見失われただけなのではないか?
価値は無くなったのではなく、見つけられな
いだけ。もしそうであるなら、問われるべき
なのは、老いることそのものではなく、老い
の価値を冷酷に見定めようとする社会から浴
びせられる容赦のない視線ではないか?と。

次回では、老いがいつ、どのようにして「社
会問題」として立ち上がっていったのかを辿
ってみようと思います。老いを前にして社会
は何を守り、何を切り捨てたのか。その過程
を一緒に見て、一緒に考えてみましょう。
では、またお会いしましょう。
お相手は広森でした!
See You Next Week☆