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【自転車奔走記】関わるケア#50。

【ケアマネの自転車奔走記】連載・第218回。

今週は【ウッチー輪ばなし】の内田と入れ替わって
土曜日
の登場となりました!ヒロモリでございます!

早いもので10月も最後の土曜日です。皆様いかが
お過ごしでしょうか?
朝晩がめっきりと冷え込んで
「寒っ!」と目覚める
朝が続いています。ただ日が
昇ると少し汗
ばむくらいの陽気でもあって40半ば
オッサン
ヒロモリには少々体にこたえる時期です
風邪をひいたり、体調を崩したりする方も徐々に増
えてきていますし、そうのこうの言っているうちに
インフルエンザの季節がやってきます。
皆様、体調
管理と早めのインフルエンザ予防接種、
そして今年
度から肺炎球菌ワクチンの定期接種
も始まります。
季節は晩秋となります。去りゆく秋の
名残をしみじ
みとかみしめながらも、冬への備え
は万全!といき
たいものです。
皆様、健康管理に十分お気を付け下
さい!そして、
インフルエンザ予防接種、肺炎球菌
ワクチンの
接種該当年齢の方は、忘れずに早めのワ
クチン
接種をお願いしますね。では、今週も【自転
車奔走記】始まります!

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今週は情報分析の手法『行動観察』について
認知症の様々な症状により生活上の問題をかかえた
クライアントの“今”を理解して支援やケアに繋
げてい
くための情報分析ですが、先週は『さかのぼり』、
そのクライアントが今まで「どのように過ごしてきた
か?」を知る事、つまり時間を遡ることでクライアン
トそ
の人を立体的に把握しようとする試みについて話
しました。そしてその浮かび上がった人物像を踏ま
えて、
今現在クライアントが抱えている様々な問題と
なって
いる行動について、クライアントがどのような
気持ちや
思い、衝動を感じて行っているのか?を明ら
かにする
情報分析の方法が『行動観察』と呼ばれて
(ワタクシが
勝手にですが…)いるものです。人間を
始め、ありとあら
ゆる生物は、生きている間は行動を
し続けます。動いたり、
食べたり、話したり。寝ると
いうと『何も動いていない
じゃないか?』と思われる
方もいるかもしれませんが、
「睡眠」という行為をす
ると考えると立派な『行動』です
よね。

ひょっとすると“生きる”という事は行動するという事
と同じ意味なのかもしれません。その事を踏まえ
て人
間の行動をもう一度考え直してみると、人間の行う

動にはすべからく【意味】あるいは【目的】があるの
では?とワタクシは考えています。時々「無意味な行動」
いう文言を聞いたり見たりしますが、この「無意味」
いう言葉、殆どが『有用ではない』という意味で使
われ
ています。つまりその行動をすることで、『何か
用をなす
のか?なさないのか?』という意味合いです。
近代合理
主義全盛の世の中で、効率性と有用性の追求
が社会の
唯一無二の至上命題ですので、例えば「何も
考えずに
ぼんやりとして時を過ごす」という行動も、
その行動自体
に【有用性】というフィルターをかける
ので、『それ自体
何も生み出さない非生産的な行動だ
から無意味!』と
なったり、逆に『心身リフレッシュ
することで新たな生
産的行動へのダイナモになるから
意味がある!』と捉え
たりします。つまりある行動が
その人にとって、あるいは
社会にとって有用(生産的)
であるか否か?という
視点で考え、物事を観ることに
我々は自然と慣れ親しん
でしまっているんですね。

ここで認知症の代表的な問題行動である徘徊について
考えてみます。「徘徊」を辞書
で調べてみると
目的もなく,うろうろと歩きまわる
こと。うろつく
こと。 「夜の巷(ちまた)を-する」 葛藤
からの
逃避,精神病・認知症などにより, 無意識のうちに
目的
なく歩きまわること。となっています。注目すべ
きは「目的もなく」
という言葉です。歩くことで、或
いは歩いた結果何かをする
わけではないから「歩くこ
とに目的がない」、つまり「無意味」
「有用ではない
非生産的な行動」という思考パターンが容易
に導き出
されますね。確かにその通りではありますが、私達

注意すべきは「目的がない」と判断しているのは当事
者で
はなくて周りにいる第三者であるという点です。
よくよく考え
てみると、自分の意思に反して、或いは
無意識的に足が勝手
に動いて歩くことなんてそうそう
ある事ではないですよね。とい
うかほぼ絶無だと思い
ます。「歩く」という行動は随意運動、
つまり自己の
意思や意図によって行う活動ですので、「歩く」と

う行動をするという事は、そこには必ず自己の意思が
介在する事になります。とすれば、目的もなく歩きま
わる「徘徊」
という行動も、その当事者にとっては何
らかの意思や意図が
あって行っている行動になります。

するとどうでしょうか?歩くという行為には必ず行為
当事者の意思や意図があるので
あれば、周囲の第三者
が「無意味」と断じるのは、徘徊とい
う行動をしてい
る当事者の意思や意図を推し量れていない
だけになり
ますよね。ここが『行動観察』の重要なポイントに

ります。つまり、さかのぼり等の様々な方法で情報収
集・分
析をして立体的に理解したクライアントの人物
像を出発点に
して、クライアントその人が行う一つ一
つの行動の基になって
いる意思や意図を推し量り、一
見無意味と断じられてしまう
行動に意味を見出し、理
解する事こそが『行動観察』の眼目
なんですね。

『なぜ歩こうとするのか?』を理解できた瞬間が、
徊が問題行動という括りから脱却できる第一歩なんです。
次回、その辺りをもう少し詳しくお話していきます。
それでは、みなさま、また来週お会いしましょうね!
See you next week , bye 

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