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【自転車奔走記】関わるケア#48。

【ケアマネの自転車奔走記】連載・第217回。

3連休の中日、皆様いかがお過ごしですか?
土、日ときて13日が「体育の日」ハッピーマンデー
というやつですね。
元々は戦後復興の一つの象徴で
ある
東京オリンピックの開会日が1010日で、その
日を「体育の日」として祝日としたの
そもそもの由
来なんですが、ハッピーマンデー
が始まって以来、
10月の第2日曜日が体育
の日になるのが定着してしま
いました。
昭和は遠くと郷愁にふけるヒロモリです。
ただ、今回の連休は少々訳が違います。大型の台風が
進んできています。
2週連続の台風到来となります。
皆様、くれぐれも不要不急の外出は控え、気象情報
や避難情報に注意して万が一
の事態に備えて、早め早
めの行動で
身の安全を確保してくださいね。
では今週も【自転車奔走記】始まります!
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今週も情報分析方法の続き、客観的事実と主観的情報
に基づいた事例分析の方法
について考えていきます。
客観的事実のみに囚われてしまうと本来の主人公であ
るべき利用者ご本人が不在となって
しまう恐れがあり、
主観的情報に偏った情報
分析を行うと利用者さんご本
人がバイアス
となって客観的事実を歪めてしまう事が
不本意
ながら往々にしてある事。そして適切な情報
析をするためには、前段の情報収集の時点
で主観と客
観を併記していく事が重要であると
いう事を「①一人
暮らしで、家事や外出、社会
交流などもほぼ問題なく
行えていた。」という
ケースの客観的情報を例にとって
お話しました。
今週はその続きとなりますが、認知症
ケアに
とって結構重要となってくる客観的事実と主観
的情報の関係について重点的にお話
を進めていきます。

まずは①の文章を部分に分けてみます。
①-1 一人暮らしをしていた。
①-2 家事をほぼ問題なく行っていた。
①-3 外出をほぼ問題なく行っていた。
①-4 社会交流をほぼ問題なく行っていた。
重点的にお話をしていくのは①-2から4の部分になり
ます。
先ずは①-2について考えてみましょう。
「家事をほぼ問題なく行えていた。」という客観的な事
実に対して「主観的情報」とは
どういうものか?という
事を考えます。
通常のケースであれば、928日付の回で
話した通り、家事というものに対するご
本人さんの思い
や意識が主観的情報となり
ますが、特に認知症ケアに関
してはもう少し
突っ込んだ視点で客観、主観の両面の情
を収集する必要があります。その視点と言うのは、客
観的な事実そのものに対するご本人
さんご自身の主観的
評価という視点です。
ちょっと分かりにくいので早速例を
挙げて
お話をしていきます。

家事と言っても様々ありますので、試みに掃除を取り上
げてみます。
唐突ですが、皆さんに質問です。
『布団のシーツはどれくらいの間隔で交換しますか?』
どうでしょうか?たまたま近くにいたたきびのスタッフに
聞いたところ、「2週間に1回くらい」
の頻度から「1週間
に1~2回」と様々な回答
がありました。極端な例を挙げ
ると、テレビで
紹介していたある潔癖症のスタッフは「毎
日交換!」
と力説していました。これ何を言いたいのか?
と言いますと、『ライフスタイルは人それぞれ』という事
です。「…何やそれ!当たり前の話
やん!」となぜか関西
弁で突っ込みが入り
そうですが、「人それぞれ」という言
葉を言い
換えると前述の『客観的な事実そのものに対する
ご本人さんご自身の主観的評価』と
いう文になります。

人は皆それぞれ自分の価値観が基礎にあって、その価値観
に則っ
て色々な判断をしたり、活動したりして暮らしてい
ますよね。つまり実生活で観察される
すべての人の行動や
活動はそれぞれその
人なりの価値観の結果であるという事
もで
きます。前述の例で、シーツを毎日交換する人からす
れば、1か月以上放置している人は
“不潔”そのものに思える
でしょうし、逆の立場
からすると毎日シーツを交換する人
は極端な
潔癖症となるでしょう。このような本来人それ
れであるべきの価値観が、時として情報収
集の場面で大き
な障害となる場合があるんで
すね。どういうことか?と言
うと、客観的な情報
というのは、その収集過程からしてそ
の人以外
の人の観察や伝聞が元になります。つまり収集の
過程で知らず知らずの内に情報収集者
の価値観というフィ
ルターがかかっている状
態になっているんですね。

とするとどういう事が起きてしまうか?というと、客観的
事実に情報
収集者の価値観が反映されてしまうんです。
勿論知らず知らずではありますが、本来価値判断を内包しな
い第三者的視点から見た情報
であるべきものが、観察者の
主観的価値観に
基づいた“客観的情報”になってしまい、クラ
アントの行動や活動を観察者が観察者自身の価値観で評価
し、その評価に基づいてケアが
提供されてしまう事になって
しまいます。つまり、
観察者が「家事が出来ていない」とい
う観察を
したら、その人は家事ができていない事になってし
まいます。シーツを毎日交換する人が、
1か月に1回交換する
人に対して【清潔な環
境で生活していない→掃除ができてい
ない!】
と思うのはその人の価値観で自由ですが、クライア
ントと支援者という関係ではその人の価値
観が形を変え客観
的事実として取り扱われて
しまい、クライアントは『掃除が
できない状態』
と判断されてしまいかねません。

だからこそ、人それぞれと言う視点、例にならって言うと、
1か月くらいシーツを交換して
いないという事実に対して、
クライアント自身が
どのように感じ、思っているのかという
主観的
な価値観を同時に明らかにする必要があるんですね。
「シーツ交換なんて、1か月に1
で上等!」と考えている方
にとっては、1か月
1回のシーツ交換頻度は当然のことです
ので、あまりにシーツが不潔で、健康や環境に影響を生じる
ような場合は別ですが、そう
でなければ特段の支援は必要な
いはずで、
もし毎日のシーツ交換を行うようなケアプラン
ングをすると、それはクライアントにとって
煩わしく、迷惑
な話でしかありませんよね。
加えて仮にクライアントに認知
症の症状があ
って自分の思いをしっかり相手に伝えること
できない状態であれば、客観的事実に基
づいたはずのケア提
供が結果としてクライア
ントのストレスの要因となり、更な
る周辺症状
の悪化を招くことになりかねません。クライアン
トの尊厳第1とし
ているはずのケアが、逆にその尊厳を無視
た行為になっているかもしれないんですね。

以上、色々お話してきましたが、ケア現場、特に認知症ケア
の現場では、客観的情報だ
けに囚われ過ぎると大きな間違い
を起こしか
ねませんので、事象に対するクライアント自身の
価値基準という視点が非常に重要
であると言うのはそういう
理由からなんですね。
もしその人にとってはごく自然な自身
の価値
観の発露である筈が、周囲から「認知症のせいで…」
「認知症だから…」と否定されたり、
拒否されたりしたらど
うでしょうか?認知症と
いう病気は本来その人の一部分しか
示して
いないはずなのに、いつの間にか【その人=認知症】
と、その人の全てを「認知症」という単語でくくってしまう
ことになりかねませんし
「認知症という病気の前にその人自
身に向
き合う」という人間中心のケアの否定にも繋がりかね
ません。
人それぞれという言葉こそ、情報収集の時に決して
れてはいけないキーワードなんですね。

と、長々とお話をしてきましたがここで一つギモンが…。
「認知症等の理由でコミュニケーションを上手く取ることが
できないクライアントのケースでは、
どのようにして主観的
価値の情報を収集するの?」
確かに、コミュニケーションが
上手く取れない
クライアントから主観的な情報を収集するの
非常に困難ですよね。そんな時に代替として取られる手法
に“さかのぼり”と“行動観察”
というものがあります。どちらも
ワタシの勝手
なネーミングで一般用語ではありませんが、
の二つの手法を併用する事で、ある程度
クライアント自身の
価値観に迫る事ができる
と考えています。
そのお話は次週、事例を通して説明していきますね。
では、また来週お会いしましょう!!
See you next week , bye 

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