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【自転車奔走記】「関わるケア」#26。

【ケアマネの自転車奔走記】連載・第186回。

3月に入り、少し暖かくなったと思いきや、
またまた寒い毎日ですねぇ。下火になって
いた筈のインフルエンザも、
3月に入って
少し増えてきた様子。
春とはいえまだまだ
油断禁物!みなさま
体調にはご注意下さい!

今年4月から消費税が8%に上がりますね。
家計を直撃!や景気の減速などなど暗めの
記事が目立つようになってきました。
ワタクシたちの介護保険業界でも、増税に
伴う
保険給付単位数の改定が4月から行わ
れるので
その為の準備、契約書類やパンフ
レットの改訂に
大わらわの毎日です。
社会保障財源として必要と言われれば、
そうなのかな?
と納得せざるを得ない状況
ですが、やっぱり
増税は嫌ですよね。
外国ではスナック菓子やジャンクフードに
特別に税金
を課している国もあるそうです。
その理由は、生活習慣病
の発症など不健康
とされる食生活の結果増大する医療費

抑制にあるとかで、メタボのヒロモリに
とっては耳の痛い話です。

今のところ日本ではそのような課税措置は
とられていませんが、
近い将来「メタボ特
別課税」みたいな、健康維持税的な措置が
取られるかもしれませんね。課税対象の
カラダにならないように気を付けてはいま
すが、
結局食欲とグータラ欲に負けがちな
ワタクシ
『三段腹特別追徴課税』対象に
なる事請け合いの
ヒロモリがお送りします
【腹脂肪増税記】…ではなくて、
【自転車奔走記】今週も始まりです!
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今週からは、言葉のレッテリングと認知症
という病気について、私達が抱く概念に
ついて
考えてみたいと思います。
先々週の最後に『私たちは認知症という
言葉を発する
事によって、人を認知症たら
しめているのかもしれない』
という問いかけ
をさせていただきました。

現在私達が暮らす、高度な情報流通社会では、
言語が指し示す
事物の本質とは別の、属性と
してのイメージが
本質よりも広範囲に、且つ
強く流通してしまうという事が起こります。
その結果、本来ならば本質的な部分から派生
するはずのイメージが
逆に言語の持つ普遍的
意味を変容させてしまう事が生じます。
ここで「認知症」という言葉を考えてみます。

認知症というのは、もともと症状を指し表す
言葉で、学問的に
もそう定義されています。
今までこの連載でお話してきたとおり、
脳機能の障害等の理由で、人間の持つ記憶や
注意等の
認知機能に出現した障害とその症状
を指し示す言葉ですね。
ところが、広く流通
している認知症という言葉が持つイメージ

と言うと『徘徊』『物忘れ』『被害妄想』と
いった認知症
の症状から発生する周辺症状の
事であったり『世話が大変』
『これからどう
しようか?』といった介護上の問題、さらに
『もし
自分がそうなったら…』という不安等、
本質から派生するいわば
属性的な事象に関す
る事柄が殆どだと思います。

このイメージが言ってみれば曲者で、認知症
という言葉を発した瞬間に、
パッと頭の中に
広がって、事の本質を覆い隠してしまう事が
多々あるんですね。このイメージの広がりは
殆ど無意識的
に行われますので、さらに制御
できないことになります。
加えて認知症という
言葉の属性イメージは概ね負の要素が
大きい
ことも、認知症という症状の本質を見えにくく
してしまっている
要因の一つと考えられます。
いわば、マスイメージが往々にして本来その
言語が持つ言語的意味を覆い隠して
一人歩き
してしまう事が問題になってくるんですね。

特に、ある言語のマスイメージが負の要素を
持つ場合は、
その言語の本質的意味を駆逐
してしまう程の勢いで「価値付け」
つまり
「良いか・悪いか」という二元論的な価値を
合わせて
流通させてしまい、人は押しなべて
その価値観に流されてしまう
…言い換えると、
問題行動と言われる周辺症状や、介護の負担
等の比較的目に入りやすい情報が、
いつの間
にか認知症という言葉に負のマスイメージを
抱かせる
ことになってしまい、結果として、
「認知症=歓迎すべからざる
もの」という
価値イメージが出来上がってしまったのです。

このように、いつの間にか負のマスイメージ
を纏ってしまった
「認知症」という言葉です
が、この言葉を安易に被せてしまう
事で、
本来なら見える筈の物や、考えなければなら
ない事柄
が「見えなく」なってしまう現象の
一つが、レッテリングという
事になるんです。
認知症という言葉を誰かに
被せてしまう事で、
その方の姿が見えなくなってしまう。

次週は、そのレッテリングの具体例を含めて
本来的あるべき「人との関わり」について
考えて見たいと考えています。

では皆様、来週も元気にお会いしましょう!
See you next week , byeヒロモリでした!

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