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【自転車奔走記】「認知症を考えよう」#17。

【ケアマネの自転車奔走記】連載・137回。

いよいよ3月。
寒暖の差で体調を崩しやすい時期。ですが、
確実に春に向かって季節は歩んで行きます。
春までもう少し!皆様、引き続きご自愛下さいネ。
ごくワタクシ事ですが、急に歯が痛みだして、
久しぶりに歯医者さんへ行ってきました。
生れついて歯は丈夫(?)という質で、
片手で足りる程度しか
歯医者さんへ行った事が
無いワタクシ。今回もほぼ7年ぶり
の受診でした。
そこで、虫歯の治療に合わせて、歯石除去や
噛み合わせの調整をしていただいたんですが、
自分でもびっくり!その日から、宿病のように
なっていた肩コリ、
首の痛みがスッと消えて
しまったんですね。
因果関係をしっかり確認した
訳ではありませんが、以前噛みあわせ
の不具合が
身体不調を引き起こす場合もあるという記事を
読んだ事があるので、もしかすると長年付き
合ってきた肩コリ・首痛
は噛みあわせの不具合が
原因だったかもしれませんね。
口腔ケアの重要性は、勉強会や文献等で勉強して
いるつもり
でしたが、わが身で体験すると
その大切さが良く分かりました。
これからは、
定期的に検診に行こうと決めたヒロモリでございます。
と、歯は健康、腹はいつでも不健康。
歯石よりも脂肪の除去が急務、歯科より脂科へ行け!
と、一人ツッコミも虚しいヒロモリがお送りします
【自転車奔走記】始まりです!!
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今週から「認知症を考えよう」は新たなステージ、
ケア等の介護・福祉面からの話しが中心となります。
このステージでのキーワードは関わりです。
「認知症という病気を越えて、その人自身と
関わりながら暮らしていく」
という事について
お話ししながら、皆さんと一緒に考えてきましょう。
今週はその第1回目となります。

ところで、皆さん「構造主義」と言う言葉を
聞いた事があるでしょうか?主義と言う言葉が
示すように、所謂「思想・哲学」分野のお話しです。
この構造主義、ものすご~く大雑把に説明する
とすれば「世の中で起こっている現象を
理解する時には、その現象そのものでなく、
その現象を成り立たせている(潜在している)
構造(しくみ)に目を向ける」
という考えかたなんです。
別の言い方をすると「世の中で起こっている現象は、
様々な要素の関係性
において説明される」とも
言う事ができます。
では、具体的どう言う事か?

例を用いてお話しをしていくにあたり、
体罰という現象を取り上げてみます。
昨年末の悲しい出来事以来、体罰の二文字を
報道や活字で見聞きしない日
がないくらい、
関心の高い現象です。
この体罰という現象を、
私なりの構造主義的アプローチで考えていきます。
先ず、体罰が発生する条件を考えます。
先ずは当事者の存在、体罰を受ける人と体罰を
行う人がいます。
この両者には、体罰を行う人は
「教師やスポーツ指導者のように指導を行う立場」、
体罰を受ける人は「指導される立場にある人」
という関係があります。その関係性の中では、
指導・監督を行う側には
「人を指導をする義務
があり、指導される側には「その指導に従う責務
があります。あえて責務と言う言葉を使いましたが、
現在の教育や
スポーツの場において、指導を受ける
側の人に、指導者が行う指導に
必ず従わなくては
ならないという義務はありません。言い換えれば
指導を
拒否することも可能です。
その意味で、指導者と被指導者との関係は絶対服従
ではなく、基本的人権の範囲において対等と言えます。
続いては「体罰」が発生する空間や場を考えます。
体罰を「行動・行為」として捉えると、
「他者に肉体的・精神的苦痛を与える」事です。
例として叩くという行為で考えてみると、
街中で他人を
叩けば暴力行為になりますね。
刑法上の「暴行」です。

現在問題となっている体罰は、殆どが学校や
スポーツ指導の場で
起こっている事を考えると、
暴行行為が体罰と変容する為には、
学校施設や運動施設などの物理的空間かつ
教育やスポーツ指導
といった目的場が存在する
事が条件となります。
以上をまとめると「指導者と被指導者がいて、
学校や運動施設などの場所において、
教育や
スポーツ指導を目的とする」事柄が体罰の
発生要素になりますが、
同要素があっても、
海外では殆ど体罰が発生しない国もあります。
とすれば、当事者の関係性、物理的空間や
目的場だけでは説明がつきません。
「国によっては…」と言う事から考えると、
日本という国の国柄、国民性も
体罰を発生
させる重要な条件(要素)になります。
国柄はその国が歩んできた歴史を振り返る
事が必要ですし、現行の
法制度も考慮すべき
要素になります。国民性ともなると、文化史
などから
のアプローチも必要でしょう。
また現在の世論や意識を考える事も大切です。
とすれば、体罰の発生条件にはその人が存する
国を始めた共同体も
重要な要素となります。

さらに、同じ学校やスポーツ指導の場であっても、
指導者が違えば体罰が発生
しない事例もある事を
考えると、指導者の人となり、考え方も考慮に
入れる必要
がありますね。
つまり!
人的な要素も加味する必要がある訳です。
と、私なりに体罰という現象を構成する要素を
考えてきました。
現象と敢えて太字にしましたが、
現象そのものは善悪等の価値判断基準を内包して
いませんので、その点はご了解下さい。

構造主義的な考え方では、このように現象の背後に
潜む色々な要素
を見出すことが第一歩となります。
そしてその構成要素間の関係性
を探っていきます。
当事者と空間や場と言った環境はどのような
関係性を持つのか?因果律的なのかそれとも
双方向性を持つか?
個々の要素間にある網の目の
ような関係性を解きほぐしていく事で、
現象を
一つの構築体として言わば立体的に捉える
という考え方や方法論、
よくよく考えてみると、
さほど特別な思考法ではないんですが、これらが
構造主義的に現象を理解するメソッドなんです。
体罰という現象には少なくとも今まで述べて
きたような要素が関係している、
言い換えれば、
体罰に限らず、世の中で生起する現象を構成する
要素を見出し、
その関係性を理解する事こそが、
現象の理解に近づく事だと思います。

そして、現象を構成する要素とその関係性を
捉える事ができれば、
その現象から逆算して
構成要素や、その関係性を変化させる
事で
現象そのものの変容が可能となるとも言えます。
因果律的な、原因を断てば…的な捉え方とは
少し違うアプローチ
になりますよね。
長々とコムツカシイお話しをしてきましたが、
構造主義といきなり大上段
に言われると、
ワタクシも反射的に委縮してしまいますが、
よくよく
考えてみると、もはや哲学と言う
よりは【方法論】に近いものなんだな・・・
という事が良く分かりました。

実際、介護福祉の現場でよく耳にする
「ICF(国際生活機能分類)」という
アセスメント・分析ツールも、私にはモロに
構造主義的アプローチに
思えます。
構造主義なんて、実はかなり身近なんですね。
と、ちょっと話しが横道に逸れましたが、
「現象をその関係性で捉える」
という方法論
こそが、認知症の「関わるケア」への入り口。
認知症という現象を構成する要素とその関係性を
把握する事でとは、
実は、ご本人をはじめ、
家族や医師、ナースやケアスタッフや地域の人、
その人と取り巻く全ての人々が
【現象の構成体・要素となっている】
事を
再確認する作業とも言う事ができます。
来週はその事について話しを続けていきます。

では、また来週お会いしましょう。
See You Next Week 

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