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【自転車奔走記】「認知症を考えよう」#12。

【ケアマネの自転車奔走記】連載・132回。

今年の冬は寒いですね。
先日、三重県でも初積雪がありました。
皆様とにかく風邪をひかぬ様ご自愛下さい。
さて、先週の月曜日に用事があって街中に
出かけると、
街には晴れ着姿のお嬢様が
彼方此方に、「そうか!今日は成人式だ。」
と一人合点していた
ヒロモリでございます。
今は1月の第2月曜日が成人の日になって
いるようですが、
私が成人式を迎えた頃は、
115日が成人の日でした。
因みに調べてみると、115日は
小正月で、昔はその日に
元服の儀式が
執り行われていたからだそうです。
いわゆるハッピーマンデー制度で、
日~月の連休になることは経済的な
効果も含め、合理的
な祝日の
設定方法なんでしょうが…やはり、、
「謂われ」が無くなっていく事は、
少しさびしい
気持ちになりますね。

私の子供の頃は、祝日に小学校で紅白の
お饅頭をもらって大事に持って帰った
淡い記憶があります。
そう言えば、祝日に
なると軒先には
国旗が掲げられ、見ているだけでなにか
目出度い
気分になった思い出もあります。
保守とか伝統とかいうカタクルシイ事
ではないですが、
子供の頃の見慣れた
風景や記憶が薄れていく事は、時の流れ
だけで片付けたくない思いが強いです。
と、殊勝な事を考えつつも、日々膨張して
止む気配のない
腹周りは昔も今も変わらず
今や膨張宇宙に匹敵
する膨張腹脂肪を持つ
たきびの〝ビッグバンベイダー
〟こと
ヒロモリがお送りします、
【自転車奔走記】
始まりです!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 今週から、認知症を考える際のアプローチの
一つとして「中核症状と周辺症状」について
お話しを進めていきます。
先週の最後に少しお話しはしましたが、
認知症を症状そのものと、
その症状によって
引き起こされる色々な問題にわけて考える
というアプローチ方法です。

いきなりですが、皆様に質問があります!
「病気そのものは良くないものですか?」

…何を今さら!とお感じの方が多いと思いますが、
「病気」という言葉の持つ意味を再度考え
直す
事が先ずは大切です。
「病気」というものそのものは、身体変調の総称。
言い換えれば、身体に様々な変調や変性が
現れる
という現象ですので、それそのものに
良い・良くないと
いった価値判断の基準は
内包していない事になります。
「病気」というモノ、そのものは
 良くもなく悪くもない。極言すれば、
 人体に発生したただの現象にすぎない」筈です。
ですが人は、病気=良くないものという
価値判断をしているのが現実です。
我々人間があるモノの価値を
判断する際には、
何らかの根拠と言うか基準が必要ですよね。
その価値判断の根拠が病気そのものにはない
とすれば、一体どこにあるのか?
その事を考える試みが今回のテーマです。

ちょっと、ややこしいですね。
と言うか抽象的すぎますね、、
ならば!例え話しを使って話していきます!

皆さんが道を歩いていると、傍らに一本の
木があったとします。
さてそこに木がある事は、
良い事ですか?悪い事ですか?
……
答えようがないですよね。
木そのものに良い・悪いなんてないですから。
では!そ
の木が、皆様の行く手を遮る大木
だったらどうでしょうか?

先へ進めない障害物ですので、邪魔なもの。
良くないものですよね。
そもそも価値判断基準を内包しない木という
物質も、我々の
置かれた状況や環境、
或いは行動の目的等様々の要素要因で、
良い・良くないといった価値を与えられます。
このことを「病気」というものに当てはめて
考えてみましょう。

病気というもの、それそのものは身体の
変調という現象ですので、
その中に
価値判断基準はありませんが、その「病気」と
言う
身体の変調が、人体の正常な働きや活動を
阻害したりする事によって、
身体生命に対して
障害や危機をもたらしたり、社会的活動
に対して
良くない影響を与えたりすることがあるからこそ、
ヒトは「
病気=良くないもの」として
認識しているんですね。
言い換えると病気と言うものは、
健康な状態を損ねる要因だと言う事です。
この場合の健康というの定義は、以前紹介
しましたWHO憲章の前文で定義されている
健康とは、病気でないとか、弱っていない
 ということではなく、肉体的にも精神的にも、
 そして社会的にもすべてが満たされた状態
にある」
という状態を指します。

つまり、
なんらかの病気に罹ることが良くないこと
なのではなく、健康を損ねる原因の一つ
何らかの病気があるのであれば、
その病気に
罹ることは良くないことなんですね。
今、原因の一つという言葉に下線を入れましたが、
健康というものを損ねるのは何も病気や怪我等の
身体的問題
だけではないんですね。
例えば、有効な治療を受けることができる
医療体制や治療技術、
その人が社会的・経済的な
不利益を被る事がない社会環境や
保障が十分に
整備された環境では、病気に罹ったとしても
健康
を損ねる率は大幅に低くなります。
反面それらがよく整備されていない
環境では、
病気に罹る事が直接その人の身体的・社会的な
面に影響を及ぼしますので、健康を損ねる状態に
陥る率は
非常に高い事になりますね。
我々の健康という状態は、様々な要素・要因が
相互に
作用・影響しあう一種の構造体と
言い換える事もできるかも
しれません。
故に、健康とは少しの変化や思わぬ出来事で、
あっ!と言う間に崩れてしまう
ものなんですね。
だからこそ、認知症というものに接する際には、
この健康という概念
を念頭において考え、
行動して行く事が非常に重要だと感じています。
なぜなら「認知症=不健康」ではないからです!
認知症という病気も健康な状態を損ねる
要因の一つに過ぎない。
もし、不健康な状態を
構成している様々な要素・要因とその関連性

把握する事ができれば、たとえ認知症の症状を
発症したとしても、
その人が健康に暮らす事が
可能になる場合もあるのです

と、今週も横道に逸れてしまいました…
来週からは具体的な話しに突入予定です
それでは、皆様また来週お会いしましょう。
See You Next Week!!!

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